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コラム

第26回 技術人材の第3のキャリア

 弊社では、イノベーションを「価値の創造と具現化」として定義しています。もう少し突っ込んで表現すると「顧客価値の創造と事業としての具現化」です。そして、このイノベーションを実現する力、すなわち顧客価値の創造と事業としての具現化を実践できる力を、「価値創造力」と呼んでいます。そして、多くのものづくり企業が成長戦略の柱としてイノベーションを掲げるなか、R&Dにおいては、これまで培ってきたQCDを最適化して造り込む力、すなわち「実現力」に加えて、顧客の課題を先取りし、イノベーションを生み出す力、すなわち「価値創造力」が求められています。

 さて、現在、多くのR&D現場では、技術者、研究者のキャリアとして、管理職と専門職の2つのラダーが存在します。管理職は、プレイングマネージャーの場合もありますが、基本的には組織マネジャーです。これに対して、専門職は、特定技術分野のスペシャリストであり、深い知識と経験を有して、技術開発に自ら取り組む人です。専門職の中には、学会など社外において著名な人々もいます。会社によっては、名目上専門職という制度があってもほとんど機能せず、実質的には管理職しかないといった例もありますが、ほとんどの場合、技術者、研究者は、この2つの中から自らのキャリアを選択していくことになります。

 しかし、私は、R&Dが価値創造力を高めるためには、管理職と専門職とは異なる3つ目のキャリアが必要になると考えています。この第3のキャリアを、弊社では「技術イノベーター」と呼んでいます。技術イノベーターは、組織マネジャーではありません。また、特定の科学技術分野におけるスペシャリストでもありません。自社の事業と技術に対する経験と知見を活用し、新たな価値を生み出すために仕事をする人々です。言い換えれば、顧客価値と技術を結びつけ、事業として具現化するために、社内外を動かす人々、すなわち技術を核にしてイノベーションを興す人々です。

 技術イノベーターが担う具体的な役割は、会社によって様々です。例えば、自動車会社では、マーケティング・企画・デザインから開発・設計・製造・販売まで一貫して携わる車種開発の責任者として、既存の開発組織に属さないチーフエンジニア(主査)という人々がいます。また、ある電子部品マーカーでは、顧客と直接交渉しながら新たな製品・事業の可能性を探索・企画し、その実現へ向けて社内外の関係者を巻き込む技術マーケッターと言われる人々が活躍しています。これらのいずれも、開発組織の管理職、特定技術分野の専門職という、従来の2つのキャリアの中では位置づけられない技術人材です。

 技術イノベーターには、自社の技術と事業に対する深い知見と、社会や顧客など社外の流れを取り込む広い視覚が必要です。また、様々な角度から得られる情報を全体として解釈する構造的な思考や、表面的な現象から「なぜ」を見出す探求的な思考、さらには、散らばった事柄をシンプルなコンセプトに集約する概念的な思考など、高度な思考力が求められます。また、関係者を動かすコミュニケーション力、そして、何より仕組みやインフラが十分揃っていない中で、「やってみよう」と前に踏み出せるマインドが必要です。

 当然ながら、そのような技術イノベーターは、一朝一夕では育ちません。時間をかけて、技術イノベーターとしての経験を積み、学習する中で育成されていきます。そのためには、R&D現場の中に技術イノベーターとしてのキャリアと仕事を定義し、ポテンシャルのある人材に任せていかなければならないと思います。自社のR&Dの価値創造力を高めるために管理職と専門職という従来のキャリアで十分か、技術イノベーターが求められるとすれば、どのような人材か、そして、そのような人材を育てるためにR&D現場にどのような仕事を定義し、作り出すのか、あるいは、どのように仕事を変えるのか、ぜひ一度考えいただきたい課題です。

ケミストリーキューブ
平木 肇



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