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コラム

第24回 「筋のよい技術」に対する誤解

 R&Dの現場、特に研究や技術開発の現場では、「筋のよい技術」という言葉が頻繁に用いられます。例えば、「筋のよい技術を見極めろ」とか「その技術は筋がいいよ(悪いよ)」といった会話です。私も技術者として仕事をしていたころは、この「筋のよい」という言葉をよく使っていました。

 一般に「筋のよい技術」とは、技術的なポテンシャルの高い技術を意味している場合が多いと思います。高い性能が実現できる可能性を持っている、構造や機構がシンプルでつくりやすい・ロバスト性が高い、入手しやすい安価な材料を用いることができる、などといった技術が生み出す機能・性能、さらには製造性や扱いやすさといった視点が、「筋のよい」の言葉の背後にある意味だと思います。

 しかし、技術的に見た「筋のよい技術」が、市場におけるスタンダードになるかというと必ずしもそうではないことも事実です。私が携わっていたLCD(液晶ディスプレイ)は、まさにそのような技術の典型的な例だと思います。LCDは、ディスプレイ技術としてみると決して「筋のよい技術」といは言えませんでした。何層もの膜を積層させた複雑なデバイス構造、半導体・有機・光・電気など必要な技術の幅広さ、視野角や応答性などの問題、使用する高価な材料など、「筋の悪さ」を挙げるとキリがありません。事実、液晶よりも「筋のよい技術」として、PDP(プラズマ・ディスプレイ)、FED(フィールド・エミッション・ディプレイ)、SED(表面伝導型電子放出ディスプレイ)など様々な技術方式が提案されてきました。しかし、現在のところ、これらの技術で花開いたものはありません。(さて、有機ELはどうなるでしょうか)

 LCDは、技術的には筋の悪いものでしたが、LCD以前の主流であったCRT(カソード・レイ・チューブ:陰極線管)に比較し、新しい価値軸を創出できる技術でした。それは、薄さ・軽さと低消費電力という特徴的な機能・性能がもたらす「どこでも持ち運びできる」「いつでも観られる」「電源がなくてもバッテリーで動く」といった顧客価値でした。この新たな価値軸が、モバイル、ユビキタシスといった大きな変化のトレンドと重なり、LCDをスタンダードな技術に押し上げていきました。LCDよりも後から出てきたPDPやFED、SEDなどの技術は、技術的なポテンシャルの高さという意味では「筋のよい」ものでしたが、LCDとの対比において新たな価値軸あるいは、価値水準の革新を提案するものとはいえませんでした。

 「筋がよい技術」を見極めることは非常にむつかしい作業です。その際、単に技術的な視点だけで見ても、本当の筋の良さは見えてきません。技術が生み出す価値のインパクト、さらには事業・産業としての可能性と魅力を、未来へ向けた変化のトレンドと重ねながら見極める、そのような複眼的な見方が必要になります。そして、そのような技術を見極める力、すなわち「目利き」をどのように磨くのかは、R&Dの技術力を高めるための最も重要な課題です。

ケミストリーキューブ
平木 肇

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