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R&D現場における生成AI活用の「3つのステージ」

1.はじめに――「使っているのに、成果が出ない」という矛盾

 生成AIの導入が、製造業・研究開発の現場にも急速に広がっている。文書作成、情報収集、データ分析――こうした業務への活用が進み、「業務効率が上がった」との声も聞かれるようになった。しかし一方で、こんな声も増えています。

 「生成AIを使っているが、R&Dとしての成果に直結している実感がない」
 「結局、以前と同じような研究テーマが上がってくる」
 「AIで何かが変わったかというと……正直よくわからない」

なぜ、生成AIを活用しているにもかかわらず、本質的な成果が生まれにくいのか。その答えは、「生成AIをどのレベルで使っているか」に深く関わっています。

本コラムでは、R&D現場における生成AI活用を「3つのステージ」に整理し、多くの組織が直面している課題を明らかにするとともに、真の価値創造へ向けて何が必要かを考察します。

2.生成AI活用の3つのステージ

 R&D現場における生成AIの活用水準は、以下の3つのステージとして捉えることができます。

ステージ1:作業効率化
 生成AIを「賢い検索エンジン」「文書の自動生成ツール」として使う段階です。主な用途は、文書・報告書の作成と要約、市場や技術の情報調査、データの整理・分析、プレゼンテーション資料の作成などです。活用の主体は個人であり、業務の中でAIを補助ツールとして使いこなすことが目的です。この段階での成功要件は、個人の業務知識と適切なプロンプト設計スキルであり、「何を質問すべきか」「どう指示すれば欲しいアウトプットが得られるか」を知っている人が成果を出すことができます。

ステージ2:思考支援
 生成AIを「考えるパートナー」として使う段階です。主な用途は、アイデア出し・発想の多角化、仮説構築と検証の加速、技術・市場に関する知識の構造化、異なる視点・フレームでの問題の再解釈などです。ステージ1との本質的な違いは、AIが「思考の幅と深さを広げる」役割を担う点にあります。この段階での成功要件は、事業や技術に対する専門知識と経験です。AIが提示する多様な選択肢や仮説を、適切に評価・取捨選択できる「目利き力」が問われます。

ステージ3:価値創造
 生成AIを「価値発見と事業創造のエンジン」として活用する段階です。主な用途は、技術の棚卸と再解釈(技術の新たな価値への翻訳)、顧客価値の構想と具体化、新規事業・テーマの企画・設計などだ。ステージ1・2が主に個人を主体とするのに対し、ステージ3の活用主体は組織である。生成AIをR&Dの価値創造プロセスに組み込み、組織としてイノベーションを生み出す仕組みとして機能させる段階であり、これが生成AI活用の真の姿といえます。

3.ステージ別の成功要件:個人から組織へ

 3つのステージを通じて、成功の鍵となる要件は大きく変化します。

  • ステージ1では、個人の業務知識とプロンプティングスキルが鍵を握リます。適切なプロンプト設計ができなければ、AIは期待通りに動かない。標準プロンプトの整備と共有が、組織レベルでの活用底上げに有効です。
  • ステージ2では、事業・技術に対する深い専門知識と経験が問われます。生成AIが生み出す無数の情報や提案を「意味ある行動」へ変換する力――それは、ベテランが培ってきた複眼的な思考力と文脈理解に他なりません。
  • ステージ3では、組織プロセスの設計・構築能力と、イノベーターマインドを持つ人材が決定的な鍵になります。技術と価値、事業を統合して構想できる「技術リーダー」的な人材が、AIと組織をつなぐ要となります。

言い換えれば、ステージが上がるにつれて、求められる要件は「ツールを使う力」から「組織として価値を生み出す力」へと本質的に変化します。

ここで重要な視点があります。ステージが上がるほど、成果に与える影響は「生成AIの性能」よりも「人や組織の能力」の比重が大きくなるという点です。

ステージ1では、AIモデルの精度や処理スピードがアウトプットの質に直結しやすい傾向があります。どのモデルを使うか、どの機能を使うかが成果の差を生みます。しかしステージ2になると、同じAIを使っても、深い専門知識と経験を持つ人が使うのと、そうでない人が使うのとでは、アウトプットの価値に大きな開きが生じます。そしてステージ3においては、生成AIの性能差は大きな問題にならない可能性があります。価値創造プロセスが組織に根付いているか、イノベーターとしての思考と行動ができる人材がいるか――この人と組織の側の能力こそが、成否を決定的に左右します。

つまり、ステージを上げることは、「より良いAIを選ぶ」ことではなく、「人と組織を鍛える」ことに他なりません。テクノロジーの進化に目を奪われがちな時代だからこそ、この本質を見失ってはならないと思います。

4.多くのR&D組織が直面している「壁」

 実態として、多くの企業のR&D組織における生成AI活用はステージ1にとどまっており、一部でステージ2に取り組み始めているが、ステージ3の水準で活用できている例は極めて少ないと思います。

なぜステージ3へ進めないのか。その背景には、2つの根本的な課題があります。

課題①:価値創造プロセスが組織に根付いていない
ステージ3の活用が機能するためには、「技術の棚卸→顧客価値への翻訳→事業設計」という価値創造プロセスが組織内に整備されている必要があります。しかし、多くのR&D組織では、こうしたプロセスが十分に構築されておらず、生成AIを接続する「型」そのものが曖昧な状態です。技術目標はスペック指標で語られ、顧客価値の構想は後回しになる。この状況のまま生成AIを使っても、ステージ1の効率化にとどまります。

課題②:イノベーター人材の育成が追いついていない
ステージ3の活用には、技術と価値と事業を統合して思考できる人材が不可欠です。しかし、そのような人材が組織の中に十分に育っているかといえば、多くの場合そうではありません。技術の深化を追う一方で、価値を起点とした発想や事業構想の経験を積む機会は限られていません。イノベーターとしてのマインドと能力は、一朝一夕には育たないのです。

5.ステージ3へ引き上げるための3つの同期

 生成AIの活用をステージ3へ引き上げるためには、以下の3つの取り組みを同期させて進めることが不可欠です。

①価値創造プロセスの構築と整備
まず、R&Dの中に「価値を起点としたプロセス」を設計・構築することが必要です。技術を顧客価値へ翻訳し、事業として具体化していくプロセスを組織の中に根付かせること――これが生成AIの組み込み先となる「型」をつくることに他なりません。技術構造化のフレームワークなどを活用しながら、技術×価値×事業を接続するプロセスを整備することが、ステージ3活用の土台になります。

②イノベーター人材の育成
次に、価値創造プロセスを担える人材を組織の中で育てることが必要です。それは、特定技術のスペシャリストでも組織管理者でもない、第三のキャリア――技術と顧客価値と事業を統合できる「技術リーダー」的人材の育成です。そのためには、座学による知識習得にとどまらず、実務の中でワークショップや対話を重ねながら、思考と行動を変容させていく経験学習のプロセスが有効です。

③生成AI活用の普及との同期
そして、上記の①②の整備と並行して、生成AI活用を組織全体に広げていくことが重要です。価値創造プロセスが整い、イノベーター人材が育ち始めた段階で、生成AIがそのプロセスに組み込まれ、組織としての知的生産性を飛躍的に高めるエンジンとして機能し始めます。この3つを同期させて進めることで、はじめてステージ3の活用が現実のものとなります。

6.おわりに――生成AIは手段、目的は価値創造

 かつて、オープンイノベーションというキーワードが急速に広まった時期がありました。しかし現場では、「オープン化すること」が目的化し、肝心の「なぜオープン化するのか」が曖昧になる例が多く見られました。生成AIの活用も、現在同様の状況にあります。「活用すること」が目的ではありません

生成AIは手段であり、目的は価値創造です。

R&D組織が問うべきは、「生成AIを使っているか」ではなく、「生成AIによってどのような顧客価値が生み出されているか」であると考えます。その問いに答えるためには、活用の水準をステージ3へ引き上げること――価値創造プロセスの構築、イノベーター人材の育成、そして生成AI活用の普及を同期させて進めることが求めらます。

技術経営(MOT)の本質は、技術を経営戦略の中核に据え、顧客価値の創造へとつなげることです。生成AIという強力なテクノロジーを、真の価値創造へ向けて使いこなすこと――それがこれからのR&Dマネジメントにおける最重要課題のひとつだと、弊社は考えています。

株式会社ケミストリーキューブ
平木 肇


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