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コラム

第37回 特許情報分析ツールの功罪と処方箋

 2017年に特許庁が発表した知財人材スキル標準の中で、知財部門の戦略業務の1つとしてIPランドスケープが提唱されました。その後、知財部門を中心に、特許情報分析ツール(ソフトウエア)を用いた分析が推進され、特に、パテントマップに関して様々な取り組みがなされています。しかし、現在でも、多くの会社で「特許情報分析ツールやパテントマップを使いこなせない」という悩みを抱えている事例がみられます。

 第35回コラムでは、R&D支援スタッフ取組み姿勢から価値提供力の向上について紹介しましたが、今回は、”ツールの活用“の観点から考えてみたいと思います。

 特許情報分析ツール(以下、分析ツール)とは、複数の特許情報(母集合)を対象に、キーワードや特許分類などのランキング、出願数の時系列推移、課題と解決手段の関係などを統計処理しパテントマップを作成するものです。分析ツールを用いれば、比較的、簡単に、短時間で、パテントマップ(らしきもの)が作成できます。そのため、「大量の特許情報を分析ツールに読み込み、大量のパテントマップを作成」してから、最後に「何か得られないか?を考える」というスタイルでの分析が進められるようになりました。例えば、R&Dから、「全体を俯瞰したい、全体の動向を知りたいのでパテントマップを見てみたい」というような依頼があり、スタッフは、「とりあえず、出願人別と特許分類での時系列出願推移のパテントマップを作成してみましょう」というような進め方です。つまり、分析ツールを保有していることでパテントマップが簡単に作成できるため、分析にとって極めて重要である事前準備が十分行われない傾向になっています。このような進め方では、俗に言う「ガーベージイン ガーベージアウト(不完全なデータを分析ソフトに入力すれば、不完全な出力しかでない)」となりかねません。さらに、分析にかかる時間を、想定以上に消費することになってしまいます。

 一方、分析ツールが普及していなかった時代では、パテントマップの作成の作業に時間を要するため、入念に事前準備をしてから進める必要がありました。つまり、「仮説を設定」し、「何を分析すれば良いのか?」を決定し、「適切な情報を集め、査読をして必要な特許を選定」し、「分類」してから「分析をする」という手順で進められていました。
 少々、話はそれますが、以上のようなことは、他のツールを活用する際にも同様に起こる問題です。そもそもツールは、問題を自動で処理・解決できるようなものではなく、その解決プロセスの一部を効率的に処理するための道具でしかありません。つまり、ツールを使う人が問題(あるいは課題)全体を捉えた上で、その解き方を設計の上、適切な道具を選定し活用することが必要です。

 話を、分析ツール、パテントマップに戻し、このツールを使う上での、重要なポイントを3つ紹介します。それは、目的の明確化、判断基準の設定、分析の基本の理解です。

目的を明確にする

 分析結果を役立つものにするための最大のポイントは、目的を明確にすることです。そして、これは「言うは易し、行うが難し」であり、その重要性を頭では分かっていても、適切に行うことは意外に難しいものです。そこで、以下に目的を明確化するためのヒントを紹介します。
(1)目的展開(目的の構造化)を行う。
 目的を最終目的、下位目的(分析目的)に分けて考えます。例えば、最終目的が「テーマの妥当性を検証する」といった場合、下記のように展開します。
下位目的1 自社の技術力(課題実現力)はあるのか? 
下位目的2 競合が同じ領域に参入していないか?
下位目的3 顧客に強い課題=ニーズがあるか?
 このように展開していけば、どのようなパテントマップを作成すれば良いか?設定できます。例えば、下位目的2の場合は、対象技術(機能なども含む)での出願人別の時系列出願推移のマップを作成すれば良いことになります。
(2)目的を聞くのではなく、明確にしていく。
 スタッフとして、依頼者に対して「目的は何ですか?」と聞く(Question)姿勢ではなく、目的が明確になるように、コミュニケーションをとおして能動的に支援(Suggestion、Proposal)するという姿勢で臨むことが大切です。

判断基準を設定する

 目的の明確化に加え、分析結果の判断基準を事前に設定します。例えば、上記の下位目的2では、「競合が同じ領域に参入していない(特許出願がない)または、参入の初期(数件程度でアイデアレベルの特許)」であれば、テーマとして妥当と判断するなどです。事前に設定していない場合、パテントマップを作成してから、どのように判断しようか?を考え始め、結果的に、そのようなパテントマップは不要(判断に使われない)ということになりかねません。 

分析の基本を理解する

 分析を行うためには、ツールの使い方以前に、その基本的な考え方(手法の本質)を理解しておかねばなりません。例えば、下記のようなことです。
・本質:そもそも分析とはどういうことなのか?
・情報:特許情報の意味合い(宝の山でもあるが、ゴミの山でもある)、目的にそった適切な母集合 
・軸:情報の切り口(情報の分け方・水準、特許分類やキーワードで良いのか?
・比較対象:マップの軸(何と何を比較すれば、答えが得られるのか?)

 以上、分析ツール活用の考え方を紹介致しましたが、SWOTなどの分析手法、KJ法などの発想技法、FTAなどの故障解析、弊社のiMapなどの手法においても、同じことが言えます。手法の表面的な「形」にあてはめるのではなく、事前準備(目的明確化、全体設計)、手法の本質の理解、結果の活用・行動を踏まえて手法を効果的に活用することで、R&Dへの価値提供力を高めて頂きたいと思います。


ケミストリーキューブ
葉山 英樹

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