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コラム

第14回 ダイソンの挑戦

 4月24日付の日経新聞電子版にジェームズ・ダイソンのインタビュー記事が載っていました(ダイソン流「革新の起こし方」教えます)。ジェームズ・ダイソンは、「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」で知られているダイソンの創業者であり、CTO(最高技術責任者)です。ダイソンは、吸引機能に遠心分離方式を用いることで掃除機にイノベーションを起こしました。その後も、羽根のない扇風機や、蛇口と一体化したハンドドライヤーなど、先進国市場で長らく成熟産業とされてきた家電製品にイノベーションの波を次々と生み出しています。ダイソンは、産業革命発祥の地でありながら、製造業が衰退し、金融・サービス・ITが中心となった英国で生まれた企業にもかかわらず、ものづくりに徹底的にこだわることで、大きく成長を遂げてきた企業あり、エンジニアの知恵を最大限に活かし、イノベーションを生み出すR&Dの在り方など、日本のものづくり企業にとっても参考になる点が多く、とても興味深い企業です。

  ダイソンは、成熟化した商品、言い換えるとコモデティ化した商品を大胆に変えることでイノベーションを起こすことを得意としています。商品は世の中に生み出された当初、様々な形のものが試されますが、その後標準となる技術方式が決まり製品構造(これをドミナントデザインと言います)が固まっていきます(導入期)。その後、ドミナントデザインをベースにした改良が継続的に行われ、商品の機能・性能は飛躍的に向上していくことになります(成長期)。また、成長期では商品が急速に普及し、市場が大きく拡大します。やがて成長期から成熟期に移行するにつれ、商品の普及率は飽和し、市場の伸びは横ばいとなります。成熟期では、商品の機能・性能による差別化が難しくなり、激しいコスト競争に晒されていきます(このような傾向を、一般に商品のコモディテイ化と言います)。
 白物家電の多くは、長らくコモディティ化した成熟商品と言われてきました。新興国で生産された安価な商品との競争もあって、価格が年々下落するなかで成長性が薄く収益的にも魅力のない事業と位置付けられ、事業縮小や撤退という決断を下す企業もありました。このように考えると、ダイソンの事業環境は決して恵まれたものではなさそうです。

  しかし、ジェームズ・ダイソンはそう考えてはいないようです。コモデティ化した成熟商品だからこそ、固定観念が強く固まった商品だからこそ、革新のネタが詰まった宝の山だとみています。そして、その宝を掘り起し、形にするために、ダイソン流のものづくりを組織の中で実践し、文化として浸透させることに、ジェームズ・ダイソンは日々時間を費やしています。

ダイソン流のものづくり文化と、私なりにシンプルに整理してみます。

●ものの機能の理想の姿を追及する
ものの現在の姿に囚われない。ものの機能の理想の姿をイメージし、それに近づけるためエンジニアの知恵を総動員する

●商品の固定観念やイメージを大胆に壊す
「この商品はこういうものだ」「こうでなければならない」「こう使うものだ」といった固定観念やイメージを敢えて壊すことに挑戦する、壊すことを奨励する

●イノベーションのアイデアはエンジニアが出す
市場調査やマーケティング調査を参考に商品開発をしない。エンジニアが持っている「もっと・・・できたら」を引き出し、形にする

●行動重視、やってみる、リスクをとる
アイデアをアイデアのまま終わらせない。よいアイデアは、すぐに試作してみる。リスクを取って、商品化する。

●失敗から学ぶことを重視
「失敗しないこと」ではなく、「失敗から学ぶ」ことを重視する。

 成熟化した家電製品のイノベーションは、ダイソンだけの特技ではありません。たとえば、調理器としての原点を追求し、電子レンジに革新したシャープのヘルシオ(加熱水蒸気を用いたオーブンレンジ)、洗濯機の付加価値を大幅に高めた斜め式ドラム型洗濯機など、日本企業が生み出した素晴らしいイノベーションの事例もいくつもあります。しかし、ダイソンほど、成熟商品へのイノベーションに対する鮮明な考え方と強い意志をもち、イノベーティブな文化として凝縮し組織に浸透させることで、継続的な成果を実現している企業は少ないのではないかと思います。
 新興国市場への進出、成長産業への新規参入だけが企業の成長戦略ではないと思います。成熟化し、成長性のないように見える産業、商品だからこそ革新のタネがあることをダイソンは証明してくれています。そして、そのような商品の革新に挑戦するからこそ、イノベーションに対する考え方を鮮明にでき、企業の中にイノベーティブな文化をつくることが可能になることを教えてくれています。

株式会社ケミストリーキューブ
平木 肇

【参考文献】
ダイソン流「革新の起こし方」教えます,ジェームズ・ダイソン,日本経済新聞電子版2014年4月24日


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