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コラム

第22回 技術力向上の鍵を握るもの

 弊社は、ものづくり企業のR&D(研究・技術開発・開発設計・生産技術開発)を専門とするコンサルティング会社であり、主なテーマは、技術力・価値創造力の向上と技術人材の開発です。弊社は、技術力を高める鍵は、価値創造力にあると考えています。すなわち、技術力を高めるためには、価値創造力を磨かなければならない、という考え方です。

 しかし、多くの企業においては、技術力と価値創造力がバラバラに捉えられています。そのため、技術者、研究者は、価値創造力を磨くことを自分事としてではなく、技術企画や研究企画、マーケティング、あるいは企画業務を担当する一部の技術者、研究者の話だと捉えている例を多く目にすることがあります。しかし、「技術力を高める鍵は、価値創造力である」という考え方に立てば、若手であろうと、ベテランであろうと、あるいは、研究所であろうと、開発部門であろうと関係はありません。すべての技術者、研究者、そしてR&D組織は価値創造力を磨く必要があります。なぜ、技術力を高めるために価値創造力が必要なのか、その理由を、弊社のフレームワークである「技術の5階層モデル」を用いて説明したいと思います。

技術の多義性

 ものづくり企業において、技術という言葉を聞かない日はありません。特にR&Dの現場では、当たり前に使われている言葉です。しかし、この技術という言葉の概念は意外なほど明確になっていません。そのため、人によって、その理解と認識が大きく異なります。例えば、ある会社の技術者に、「あなたの会社(あるいは製品)の強み技術とは何か」と問いかけたとしましょう。返ってくる答えは実に多様です。「それは信頼性だ。うちの製品は高い信頼性が顧客から評価されている」と答える人がいれば、「それは光の制御技術だよ。かなり特許も抑えているしね」と答える人もます。また、「それは光学デバイスよ。市場のシェアがNo1だし」などと答える人もいます。すなわち、同じ技術をイメージしながら、その捉え方は多様に存在します。これは、技術が多様な視点から捉えることができる多義的な概念であることに起因します。 

技術の5階層モデル

 見えにくく、曖昧な技術をどのように捉えるかは、技術をマネジメントするうえでで重要なポイントになります。そこで、弊社では、図に示す「技術の5階層モデル」を提唱しています。このモデルでは、まず、技術を目的と手段を組み合わせた機能として捉えます。しかし、ものづくり企業の経営資源として技術を捉えるためには、機能として視点だけでは十分ではありません。そこで、上下に2つづつ階層を設定します。機能の下は、メカニズムです。これは、技術が機能として発現するための仕組みを意味します。そして、メカニズムの下には、科学的原理があります。機能の上の階層には、価値があります。価値とは、お客様が技術を使うことで得るベネフィットです。さらに最上位の階層として、事業があります。近年、新事業を創造するために、あるいは既存事業を強化するために技術をどのように活用するかという課題が知財戦略と併せて活発に議論されるようになりました。事業という次元で技術をどう捉えるかが重要になってきています。  

技術イノベーション創造のⅠモデル

 一般に、科学的な発見を起点として基礎技術が確立し、その後実用化技術が開発されて市場に導入されるという、いわゆるリニアモデルが技術イノベーション創造の基本形だと思われていますが、私の経験からみると、実際にはそのような形で生み出せるものはそれほど多くはありません。むしろ、実際には、まず何らかの目的を実現するために技術的な方法論が生み出され、利用される一方、その原理が科学研究によって解明されるという過程を経ながら進化します。そして、技術の進化が、さらなる新たな価値を創出するという形に繋がります(これを弊社では、技術創造のⅠモデルと呼んでいます)。
 余談ですが、実際の技術には、科学的原理が十分解明されていないなかで利用されているものも少なからずあります。技術は、経験的・実証的に再現性が検証されればものづくりにおいて利用できます。すなわち、科学的研究は、技術を生み出すための絶対条件ではないのです。しかし、科学的原理が解明されると、技術が飛躍的に進化することも多く、それは技術が成立するうえでの絶対条件ではありませんが、技術の発展に大きな影響をもたらします。また、科学の発展という意味で見た時に、技術を起点とした科学研究が新たな科学法則、すなわちパラダイムを生み出すことあります。
 このように、決して技術創造はリニアモデルのような直線的なプロセスではなく、技術と科学の相互作用によるものなのです。そして、多くの場合、その起点となるのは、人間の生活を変えたい、ビジネスのあり方を変えたい、顧客に課題を解決したいという思い、すなわち価値創造への志とビジョンなのです。

技術コミュニケーションギャップが生じる理由

 余談ですが、時折、経営者と研究者との間でなかなか話が噛み合わない、うまくコミュニケーションができない、といった話を耳にすることがありますが、その理由を5階層モデルで考えてみると理解しやすいと思います。通常、技術者、研究者は、機能から下の階層で技術を捉えています。これに対して、経営者は、機能から上の階層で技術を捉えています。技術に対して異なる捉え方をしている両者がそのまま話をしても噛み合わないのは当然なのです。すなわち、異なる立場の人々が技術を議論する時には、今どの階層で技術を捉えているのかを常に意識し、共有する必要があります。

価値創造力の向上は日常の現場から

 ものづくり企業において、機能より下の次元だけで考えていても、技術を生み出すことはできません。言い換えれば、機能より下の次元だけで仕事をしていても技術力を高めることはできません。技術力を高めるためには、Uカーブの起点である価値創造力を高めることが重要であると思います。すなわち、技術力と価値創造力は一体なのです。そして、価値創造力の向上は、全ての研究者、技術者が、自分が取り組んでいる技術開発、研究開発がどのような顧客価値を生み出すのかを、日常の仕事の中で考え、議論することから始まります。

株式会社ケミストリーキューブ
平木 肇



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