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コラム

第47回 生成AI時代に求められる人材開発とは何か 〜形式知から暗黙知へ変化する学びのデザイン〜

 ChatGPTに代表される生成AIの発達により、私たちの知識の扱い方は劇的に変化しつつあリます。調査・資料作成・要約といった「形式知」を扱う業務は、AIによって高い精度とスピードで代替されています。一方で、この変化は人の知的役割の終焉を意味するものではありません。むしろ、人が本来担うべき「暗黙知」の重要性がますます高まっています。

 野中郁次郎氏らは、知識創造理論において、知識は「形式知」と「暗黙知」のダイナミックな相互作用によって創造されるとしています。形式知は言語やデータとして表現可能な知識であり、暗黙知は個人の経験や直感、価値観に基づく知識です。いくら形式知を効率的に扱うことができても、暗黙知の共有や変換がなければ、本質的なイノベーションは起きません。

 生成AIは、既存情報を組み合わせた新たなアウトプットを瞬時に生み出すことができますが、それは既知の組合せに過ぎません。本質的な未知との遭遇、曖昧な問題への適応、未来を構想する力は、いまだ人間にしか備わっていないと思います。したがって、人の役割は「形式知の担い手」から「暗黙知の深化と共有のファシリテーター」へとシフトしていくことが求められます。

 暗黙知は、経験を通してのみ獲得されます。R&D現場における「やってみて考える」プロセス、いわゆる経験学習こそが、個人の知の深化をもたらします。単なる知識の習得ではなく、体験を経て深い気づきを得ることで、知識は暗黙知として内面化されます。

 経験学習の中でも重要なものは、実際に「一次情報に触れること」です。顧客や知見者と直接対話する、現場に足を運び現物を観察する、自ら体験する。こうしたプロセスを通じて得られる知は、ネット上のデータやAIの出力では得られない厚みとリアリティを持ちます。また、様々な知をもつ他者とのディスカッションも重要です。ディスカッションにより自らの暗黙知が相対化され、新たな気づきが生むことにつながります。

 R&D現場の進化は、生成AIが実現するのではありません。生成AIの導入により効率化した時間を、人の能力開発、暗黙知の獲得、さらには暗黙知をぶつけ合い、新たな知の創造することに充てることによって実現するものと思います。AIを人の業務の「代替」ではなく、人と組織の持つ知の「増幅」のための道具とし、技術者が価値創造に集中できる環境を整えることが、これからの技術経営、R&Dマネジメントの要諦となると思います。

 生成AIが形式知の処理を担う時代においてこそ、人は「人にしかできない学び」に目を向けるべきであると思います。それは、体験を通じて気づきを得るプロセスであり、他者との対話を通して価値を共創する営みです。学びの主体はAIではない、あくまで人である。そして、その人がいかに学ぶかが、生成AI時代の競争力を左右すると思います。

株式会社ケミストリーキューブ
平木 肇

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