弊社は、ものづくり企業のR&Dにおける技術力・価値創造力を向上するための取り組みを「イノベーション戦略」と呼んでいます。イノベーション戦略とは、一過性の技術戦略・R&D戦略立案や研究テーマ企画、あるいは単発の組織横断型プロジェクトなどではありません。中長期を見据えて継続的かつ組織的、そして戦略的に取り組むR&Dの自己革新活動です。
実際にどのようにイノベーション戦略に取り組むかは、会社によって様々です。ある大手食品メーカーの研究開発部門では、3年サイクルの全社中計と連動し、R&Dのイノベーション戦略の立案と実行を、ミドルクラスを中心とした現場の研究者による全員参加活動として取り組んでいます。また、ある電子部品メーカーでは、自社技術の棚卸と未来へむけた技術戦略の立案と実行を、最初は開発設計部門の中核エンジニア数名が中心となってスタートし、その後経営層の後押しを得ながら他部門へ波及させ、現在は会社全体の活動として展開しています。このように、イノベーション戦略は、それぞれの会社の課題や特性に応じた形で取り組むことが必要です。そして、そこで用いる手法やフレームワークも、それぞれの会社の目的やテーマに応じてカスタマイズすることが求められます。しかし、どのような形でイノベーション戦略に取り組むにしろ、その成否を左右する共通の要素があります。
小規模で活動をスタートし徐々に展開する場合であれ、最初から組織全体を巻き込んだ形で進める場合であれ、イノベーション戦略に取り組む基本単位は少人数チームです。4~8名程度でチームを組み、「未来に向けて我々が生み出す顧客価値と事業とはどのようなものか」「そのために技術をどのように獲得・蓄積し、組織の能力をどうように高めるのか、仕事の仕方をどう変えるのか」という問いを、対話と議論を重ねながら突き詰めていくことになります。
人は、よい形で集団を形成すると、「3人寄れば文殊の知恵」という古からの諺があるとおり、メンバー同士がよい影響を及ぼし合い、組織として高い生産性、創造性を発揮します。いわゆる、チームダイナミクスと言われるものです。しかし、悪い形で集団が形成されると、愚かな行動をすると言われます。人が集団になった時、個人ではとても行わないような行為を行ってしまうという事実は、人間の歴史の中でも教えてくれています。愚かな行動とまではいかないまでも、集団化することにより、逆に生産性、創造性を低下させてしまう現象を、グループシンクと言われます。
活動の基本単位であるチームがダイナミクスを発揮するか、グループシンクの状態に陥るかは、メンバーの構成(例えば、多様性の確保)やチーム運営の在り方、活動のプロセスや手法など、様々な要素が絡みますが、私は特に、活動に関わる技術者、研究者、そして経営者のマインドが大きく影響すると考えています。
イノベーションは、未知への挑戦です。正解のない、やってみなければわからない世界です。そのような世界では、確実な手順などなく、進めながら見えてきた内容を盛り込み、プロセスや手法を臨機応変に変えていくことが必要になります。まさに暗闇を手探りで進むという感覚です。そのような中においてマインドは、先を照らず松明のごとく大きな支えになります。
私の知る限り、イノベーション戦略に限らず、改善・改革を含め未知への挑戦に対する組織的な活動が巧い会社は、それに取り組むためのマインドを明確にし、一人ひとりの技術者、研究者へ共有・浸透することを大切にしています。
ちなみに、イノベーション戦略の実践に際して、私がお客様に紹介しているマインドは下記のようなものです。
<イノベーション戦略の実践のための7つのマインド>
①正解を見つけるのではなく、自ら答えをつくる
②我々は答えをつくることができると信じる
③常に自分事(一人称)で語る
④「共感と提案」を基本として対話と議論を行う
⑤混沌と脱線を楽しむ
⑥「やってみる」ことから学ぶ
⑦やり方ではなく、考え方にこだわる
これらのマインドは、活動をスタートする最初の段階で、メンバー全員で共有しておくことが重要です。仮に、マインドを共有せずにスタートした場合、途中で計画通りいかないと右往左往してしまうか、計画されたステップを粛々とこなすだけの活動になってしまう確率が高くなります。
技術者、研究者のマインドと並んで、もう一つの重要な要素が経営者のマインドです。経営者が、現場の活動の進め方や内容に対して細かく口を出したり、指示したりすることは、基本的にチームにあまりよい影響を与えません。そのような場合、多くのメンバーが、経営者の顔色を窺い、意向に沿った発言をしようとするか、沈黙してしまいます。
活動のスポンサーである経営者としての役割は、スタート前に「経営としての期待と目指したい方向性」を明確に示し、伝えること、一旦活動が始まったらリーダーとメンバーを信じて任せ、何か困ったことが生じた時に側面から支援すること、そして、チームが生み出したアウトプットを成果として刈り取ることの3つです。
スタート時点では期待や方向性を曖昧にしておきながら、活動が進んで具体的な内容がみえてきたら口を挟んだり、指示したりする、仮にそのような姿勢を経営者が見せれば、メンバーの前向きなエネルギーをそぎ、チームはグループシンクの状態に陥るリスクが高くなります。
つまるところ、イノベーションは人が興すものです。大切にしたいマインドについて、実践する技術者、研究者、後押しする経営者の双方が考え、共有することは、イノベーション戦略に取り組むうえでの最重要課題の一つです。
ケミストリーキューブ
平木 肇
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